長文ですまないが、1年経って、やっと冷静に思い出すことが出来るようになった出来事がある。 
去年のちょうど今頃の話だ。

その日は金曜日で、俺は会社の同僚数人と何軒かの店をハシゴして、すっかり良い気持ちだった。 
当然、終電は既に無く、3人の同僚と一緒にカプセルホテルに向かった。 
カプセルホテルに入り、フロントで人数を告げると、2部屋しか空きが無いという。 
仕方がなく、一番先輩である自分と、
家が比較的近くて、タクシーでも同程度の料金しかかからない奴が諦めることになった。 
カプセルホテルを出た所で、同僚はタクシーを捕まえるため駅方面に向かうので別れた。 
俺はもう一軒あるカプセルホテルに電話をかけて、空き状況を確認した。 
幸い空きがあるとの事だったので、そこに向かおうと歩き始めた。 

カプセルホテルの入口から10m程歩いた所だったと思う。 
何でかは判らないが、俺は突然立ち止まったんだ。 
その2-3秒後、目の前3m位のところに人が降ってきた。 
「グシャッ」という音がして、男が仰向けの状態になってピクリともしない。 
突然、訳が判らない状況に陥ると、思考停止になるんだなと実感した。 
1分位は突っ立ったままだったと思う。 

ようやく我に返り、男に「大丈夫か」と言いながら近付いた。 
近付きながら、「あ~こりゃ駄目だ。嫌なもんに関わっちゃったな」と感じた。 
まず、頭の位置がおかしい。直角に90度曲がっており、右側頭部かぼっこりと凹んでいる。 
結構な量の鼻血が出ていた。年齢は50前後の、どこにでも居そうなオヤジだった。 
カプセルホテルの浴衣を着ていたので、直ぐにホテルに駆け込んで、フロントマンと一緒に確認した。 

その後は救急車の手配、警察の事情徴収などで2時間近く拘束された。 
確かにカプセルホテルに宿泊中の客であり、3階の食堂の窓が開いていたことから、 
俺はただの目撃者ということになり、免許証と勤務先を確認されて開放された。 
時間も4時を過ぎており、今更カプセルホテルに泊ってもしょうがないので、
漫画喫茶で仮眠を取ろうとしたが、目が冴えてしまって結局一睡もできなかった。 

嫌な夢を見始めたのは、その晩からだった。 
真っ暗闇の中で俺は立っている。やがて「グシャッ」という音とともに、オヤジが目の前に落ちてくる。 
オヤジはゆっくり立ち上がると、頭を左右にカクカクさせながら俺に近付いてくる。 
逃げようと思っても体が動かない。目の前でニヤーッと笑いながら俺に抱きつく。 
抱きつかれた途端に、オヤジと一緒に深い深いところに落ちていく。
「落ちる」と思った瞬間に目が覚める。
寝直すとまた同じ夢を見る。そんな夢を一晩に5-6回は見た。 

毎晩同じ夢を見た。最初は怖ろしかったが、怖ろしさは直ぐに慣れる。 
それよりも、毎回毎回同じ夢を見続けるために、寝るのが苦痛になった。 
また、夜だけではなく、電車の中でウトウトしていても夢を見るので、休まる暇が無い。 

翌週の水曜日だったと思う。同僚が「今夜飲みに行こうぜ」と言ってきたので、居酒屋に行った。 
日毎にどんどん顔色が悪くなっていくんで、体調が悪いのではないかと心配して、話を聞きたかったらしい。
流石に夢の話は出来なかった。
最近よく眠れないと言うと、「それじゃ熟睡するようにどんどん飲め」って事でしこたま飲んで、
家に帰り泥のように眠った。不思議と夢を見なかった。 

次の日から毎晩浴びるように酒を飲んだ。もちろん翌日は二日酔いになるが、夢の方が嫌だった。 
そんな生活が続けられる訳も無く、仕事に支障をきたすようになった。 
遅刻を繰り返し、営業中にサウナで酒を抜くといった日々になってしまった。 
当然上司から叱責されたため、酒をやめたんだが、途端に夢を見るようになる。 
心底まいってしまって、精神科への受診も考えるようになった。 

酒をやめてから1週間位たったある日、営業先へ行く途中の電車でついウトウトしてしまった。 
真っ暗な中立ち尽くす俺。またかと思ったが、その時の夢は違った。 
いつもはカクカク、ニヤニヤしながら近付いて来るオヤジが、
頭を倒したまま目をカッと見開き、歯を食いしばったまま一歩も近付いて来ない。
その内、口を開いて「アーッ、アーッ」と言いはじめた。 
そこで、俺は誰かの呼ぶ声に目が覚めた。 

「兄さん、兄さん」と、知らない爺さんが俺の肩を揺すっている。 
パッと見に頑固そうな爺さんだったんで、イビキでもかいていて怒られるんだと思い、
「すいません」と謝ってしまった。
爺さんは笑いながら、「馬鹿言ってんじゃねえ。ちょっと聞きたい事があるから次の駅で降りな」と言う。 
俺は「???」となりながら、何となく「はあ」と言ってしまい。次の駅で爺さんと一緒に降りた。 

駅で降りてから、客先の訪問を思い出し、断りの電話を入れることになってしまった。 
爺さんは「あそこの店で休むぞ」と言って、駅前の喫茶店にどんどん入って行った。 
俺は訳がわからないまま店に入り、俺はコーヒー、爺さんはコーヒーとサンドイッチを注文した。 
店員が戻ると、突然爺さんが「兄さん死ぬぞ。自分でも何かしら自覚してんだろ」と言う。 
俺は何か急に涙が出てしまい、泣きながら「はい」と答えた。 
一連の経緯を話したんだが、爺さんは黙々と飲んだり食ったりしていた。 
食い終わった爺さんが、
「これから俺の家に行くぞ。ちょっと時間がかかるから、会社は早退しろ」と言うので、
会社には出先で体調が悪くなり、病院に寄って帰宅するということにした。 

喫茶店を出て、爺さんの後を付いて家まで行ったんだが、爺さんは黙ったまま一言も喋らない。 
電車に乗り、さっき降りた駅より3駅先の駅の住宅街に、爺さんの家はあった。 
家に入ると、やさしそうな婆さんに挨拶し、和室に案内されてお茶を頂いた。 
爺さんは別の部屋に行っていたが、30分位すると数珠と経本を持って和室に現れた。 
俺の前に正座し、お茶を飲んだ後に話し始めた。 
「今まで良く生きていたな。兄さんのお守りさんの力がなかったら、俺と会うことも無かっただろう」 
俺はまた涙が出た。 

「俺はな、○○寺の次男坊なんだよ。
 小さい時から経文を読んだり、親父の真似事をしてる内に、
 自然と目に見えない物が見えて聞こえるようになった。
 だけど、そんなに強い力がある訳じゃねえ。 
 電車に兄さんが乗って来た時から、かなり性質の悪い物に魅入られてるのが分かった。 
 まともに相手したら、俺なんか直ぐに憑り殺されるだろ。
 兄貴だったら何とでもなると思うが、死んじまってるし、跡継ぎは役に立たねえ。
 だから、初めの内は見なかったことにする気だったんだよ。 

 兄さんはその男が原因だと思ってるけどな、本当におっかねえのはな、その男を憑り殺した奴なんだよ。 
 男が落ちたのも偶然の事故じゃねえ。兄さんの上に落ちて殺そうとしたんだよ。 
 そうやってどんどん殺して取り込んで強くなる。
 ああなったら手が付けられねえ。何でもかんでも見境なく殺しやがる。
 そんな奴の気配が兄さんの周りにあったんだ。 

 だけどちょっと様子が妙だった。気配はするんだが、残りカスみてえなもんだ。 
 気配を探ってくと、お守りさんが必死になって兄さんへの干渉を食い止めてるんだ。 
 お守りさんは、そっちの相手をするのが精一杯で、変な男の相手をしてる暇がねえんだよ。 
 それで、兄さんは変な男の影響をもろに受けちまった訳だ。 
 今のうちなら、その変な男を払って、おっかねえ奴と兄さんとの縁を切っちまえばいい。 
 これなら俺でも何とかなると思ったよ。それで、居眠りしてる兄さんを起こしたんだよ。 
 助けられる者を見捨てるのは、気分の良いもんじゃねえからな。」 

俺が泣きながらポカンとしていると、 
「言ってみりゃ、兄さんを捕まえようとしている化物がいる。
 必死にこっちへ手を伸ばしているんだが、障害物に隠れて良く分かってねえし、手もうまく突っ込めてねえ。
 手の指先に兄さんが引っ掛かってるんで、何とか掴もうとしてんだ。 
 障害物が兄さんのお守りさんだ。指先が兄さんが見てる変な男。 
 縁て言うのは、兄さんがそこに居ると化物が知っている事って例えになるのかな。 
 だから、障害物が壊れないうちに、指先をぶった斬って、兄さんを隠しちまえば良いんだ。 
 そうすれば、化物もあきらめて次の獲物を見つけに行くよ。その位なら俺にもできるってことだ」 
そう言われて、すごく納得した。 
そして、爺さんの数珠を持たされて、爺さんの読経を2時間近く聞いた。 
もう良いぞと言われた後、今後のことについて言われた。 

「その数珠は、俺の親父の形見で大事なものだけど兄さんに貸す。肌身離さず持て。 
 数珠を持っていれば、化物でも簡単にはわからんだろう。 
 化物と完全に縁が切れたかどうか調べるから、俺が良いと言うまで毎月ここに来い。 
 そして、変な男に憑かれた場所には二度と近付いちゃならねえ。 
 多分払われた男は、あの死んだ場所に戻るだろう。近くに必ず化物がいる。 
 そこに近付いちまったら、数珠なんか効果は無い。 
 今回は、化物も様子見みたいなもんで本気じゃなかったと思う。 
 簡単に憑り殺せると思ったのが、思わぬ反撃をくらって、手を引っ込めた隙に逃げられた。
 逃がした獲物が目の前に現れたら、間違いなく本気で来るぞ。 
 そうなったら助けられない。助けるどころか兄さんを通して、必ず俺の所にも来る。 
 皆死ぬんだよ。そして、縁が切れたら出来る限り今回の件は忘れろ。 
 忘れるのが一番良いんだ」 

爺さんから言い聞かされて帰った。 
その日から男の夢は見なくなった。 

正しく言えば見る事はある。しかし寝直せば見る事はないし、ごく偶にだ。 
ずっと数珠は持ったままだ。寝る時は腕に付けて、更にセロハンテープで止めていた。 
1週間後に会社も辞めた。実家に戻って零細企業だが就職も出来た。 
そして、1ヶ月に1度爺さんの家に顔を出す。 
先月になって、漸く爺さんの安全宣言が聞け、形見の数珠は返却した。 
だけど、念のため爺さんが作った数珠を頂いた。 
セロハンテープ止めまではしていないが、寝る時も腕に付けている。 
もう来なくて良いと言われたが、俺は爺さんが死ぬまで通い続けるつもりだ。

引用元:死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?252