以前「立っていた男」を投稿した子泣き爺です。その折30歳頃までいろいろ体験したとお話しましたが、その体験も次第に記憶が薄れていることに気づきました。変な表現ですがある意味懐かしい思い出でもありますので、忘れないうちに順を追ってお話したいと思います。以下文体を変えます。

 72年の4月、前年8月に恐怖体験をした私は無事大学に合格し荻窪の四面道近くの民家の離れに住むことになった。ここは大家さん夫婦の母屋から少し離れた所に建てられ間取りは6畳2間に小さな台所付き。風呂こそ付いてないが瀟洒な日本家屋で1人で住むには十分な広さだった。当時学生援護会という組織があって(今もあるのかな?)そこを通じて見つけた物件で、田舎者の私にもかなり格安だということは分かった。

 近くには銭湯がありうまいラーメン屋も見つけて生活に不便もない。ドアトゥドアで大学にも30分程で着く。良い所を見つけたと私は満足していた。

 履修登録や教科書の購入、授業の下調べなど入学当初は結構あわただしい。加えて電車の混雑や人の過密ぶりなど大都会東京の毒気に当てられたこともあって肉体よりも精神の疲労がはなはだしい。しばらくは帰宅→銭湯→外食→予習復習→爆睡の繰り返しで夢も見ない日々の繰り返しだった。

 多少落ち着いたのはGWの前だった。高校の同級生や同窓生と連絡を取り互いに交流する余裕が出てきた。とは言っても貧乏学生の境遇である。食材と安酒を買って泊まりに行ったりするだけだが、皆お高くとまった都会人たちに違和感を感じている田舎者ばかりだから、お国訛りむき出しで喋れるだけで十分満足だったのだ。

 高校で3年間同じクラスだったNが土曜に泊まりに来たのもそんな時だった。彼は泊まりに来た最初の人間だった。

 Nは私と違って絵の才能に恵まれ高倍率の入試を突破した美大生である。彼とはウマが合ってよく学校をさぼっては東京のコンサートを聴きに来たり映画を見に来たりした謂わばワル仲間だったから私は懐かしくて大歓迎だった。

 夕方から学校のこと、女の子のことなど他愛ない話で盛り上がり、野菜炒めと柿の種を肴に2級酒(その頃はあったんです)をグイグイ飲んですっかり酔っ払った私たちは、10時前には眠くなってしまい寝ることにした。

 その夜は普段使っていない奥の6畳間に予め布団を敷いていたから、寝るのは簡単だった。ただ布団が一組しかないので私は敷布団の上に毛布、Nは掛布団の上にシーツを敷いて敷布団の代用にし、外したカーテンを上掛けに使うことにしていた。乱暴なようだが学生なんてそんなものだ。

 そうやって寝ていた深夜の2時を過ぎた頃、私はNに肩を強く揺さぶられて目を覚ました。
 「なんだ、どうした?」
 寝ぼけ眼で私は尋ねた。いびきをかいたので文句でも言われるのかと思ったがそうではなかった。
 「聞こえないか?」
 「何が?」
 「天井に誰かいる」
 「誰かって誰だよ」
 「知らねえよ、とにかく音がするんだ。ほら」
 そう言われて天井に目をやり耳を澄ますと確かに音がする。ネズミなどがチョロチョロする軽い音ではなく、ミシミシという重量感のある音が確かにしている。音は天井の端から端へ往復しているように思えた。

 私とNは互いの顔をじっと見つめた。私は前の年の8月の体験を思い出しゾッとしたがNはそうではなかった。薄明かりの中立ち上がり部屋の隅にぶら下げていた箒を逆さに持つと天井を柄で突き上げた。

 「うるせえぞ、静かにしろ」
 そう言って一喝した。
 ピタリと音がやんだ。
 その時私は、例の古代人の幽霊騒ぎの時、近所に住んでいたNが毎晩自転車で見物に出かけていた剛の者であったのを思い出した。

 Nの気迫に圧されたのかその後音はしなくなった。

 「ここはどういう部屋だ、何か聞いてないのか?」
 「どういうって特に聞いてないぞ」
 「聞いてない?。じゃあおまえはさっきの音はなんだと思うんだ」
 「ネズミ・・・なんかじゃないなあれは」
 「そう、もっと重いモノだなありゃあ」
 「重いモノって・・・なんだっていうんだよ」
 「一番ぴったりくるのは人だな、にんげん」
 「人間?人間っておまえ」
 「誰かが天井裏に棲みついてる。多分生きた人間じゃない」
 「生きてないって・・・死人ってことかよ、おい」
 「ああ。今まで気づかなかったのか」
 「普段は隣の部屋で寝てたし、ここは今夜が初めてだから」
 「そうか、朝になったら大家に聞いた方がいいな。ここに何か因縁がないかどうか。一緒に聞いてやるよ。それからな、おまえ早めに越した方がいいぞ」
 「・・・」

 私はゲンナリした。去年の幽霊の影響なのか?。来て早々また引越しかと思うと面倒くさかった。かと言ってこのまま住み続けるなども願い下げだった。
 気がつけばNはスースーと寝息を立てて寝入っていた。胆の据わった奴にはかなわない。私は平然と寝ているNを横目にまんじりともせず朝を迎えた。
 翌朝、朝食もそこそこに私とNは隣に住む大家さんを訪ねた。そこで分かったのは私の住む離れでは、白血病にかかった一人娘が3年ほど寝たり起きたりの生活をしていたこと。その娘さんが薬石効無く2月に亡くなったという事実だった。

 天井裏の音の話をすると非常に驚いた様子で、「まだ若いのに亡くなってこの世に未練があるのでしょうか」と言って涙を流された。

 私は申し訳ないとは思ったが心を鬼にして引越しの希望を伝えた。大家さんは快く受け入れてくれたが、思いがけない提案をしてきた。それは、引越し先はすぐには見つからないだろうし、それまで住み続けてはどうか。自分たち夫婦が奥の6畳間で寝れば怖くはないだろう。家賃は要らないからそうしてくれないかとの申し出だった。

 確かに住む場所は問題だった。Nは大学のある小平だし、他の同級生、同窓生の所は狭くもあり私の通う大学には数回乗換えが必要など不便な所ばかりだった。
 「いいお話じゃないか。引越し先決まるまでそうしてもらえば?。すぐには見つからないよ」

 結局私は大家さんの提案を受け入れた。住む所がないという現実問題もさることながら、半信半疑の部分があったからだ。天井裏の不審な音だけで引越しをすべきなのか。心霊現象だと言うのはNであり自分の「目」で確認したわけではなかった。

 それから3日間は何事もなく過ぎた。手前の6畳で私が、奥の6畳で大家さん夫婦が寝たが天井で物音がすることはなかった。

 4日目、明日は天皇誕生日という金曜夜、それは起きた。大家さん夫婦と寝るようになって安心したのか私はぐっすり眠れるようになっていた。だがその夜は大家さんたちの声で夜中に目が覚めた。

 「優子(仮名)か?優子なのか」
 「ああっあなたっ」
 夫婦の叫びが聞こえてきた。

 私は部屋を仕切っている襖を少しだけ開け隣の部屋を覗いた。大家さんたちは天井を見上げて叫んでいる。部屋は暗闇で蛍光灯の豆電球だけがわずかに鈍い光を放っている。初めは何だろうと思ったが目を凝らすと天井から帯のような物が垂れ下がっていた。

 「うわっ」
 私は危うく叫びそうになった。それは帯ではなかった。逆さまに見下ろす女の長い髪の毛だった。



投稿者:子泣き爺