子供の頃から霊感があって、霊音が聞こえたりする。
その夜も、ピンポンと玄関のチャイムが鳴って、眼を覚ました。
もちろん霊音だが、ベッドの中で玄関の外に意識を集めると、4、5歳くらいの子供だった。
なんだ子供か・・と思うと危ない。
怖ろしい存在が、子供の形をとることもある。
しばらく様子をうかがってから、「悪さをしなければ、入っていいよ」と心の中で呼びかけると、
すっと入る気配がして、居間の方に行った。
すぐに眠って、朝起きた時には忘れてしまった。

いつものように、9時から仕事を始めて(自宅で)、11時頃に、休憩しようと玄関先で煙草を吸った時のこと。
「お兄さん、緑がきれいだね」
と、女の子の声がした。
田舎だから眼の前に林がある。新緑の季節でたしかにきれいだ。
それにしても「お兄さん?」と戸惑って、ああ、昨日の夜の子だと、ようやく気がついた。
「ほんとだね」
と返事はしたものの、不思議なことだった。
眼に見えなくても、利発そうな女の子だとわかる。
この感じだと、5歳になっていそうだ。
しかも誰かから、どこどこに行くと、これこれの人がいるからとでも言われたように、安心している。
その「これこれの人」がどうも私らしく、それにしても・・とあれこれ考えて、
「京香ちゃん?」
と聞いたら、こっくりうなづいた。

京香ちゃんのことは、昨日の夜のテレビで知った。
折り合いが悪い父方の祖父母と母の間で、
「外交官」のような役割をしていた、5歳の女の子で、
おそらくニ、三ヶ月ほど前に、急に居間で倒れて、そのまま死んでしまった。
それから母親は、義父母とも父親ともうまくゆかず、いま離婚を考えている。
ただ、どうしても娘がそばにいるような気がしてならない。
ブランコに乗っていたり、一人でいると寄り添ってきたり。
それで霊能者に依頼したところ、たしかにそばにいて、
「二人とも仲良くしてね」と心配しているという。
やはり・・と、両親が、もう一度やり直そうとする話だった。

テレビを介してはいても、見ている限り、想いは行きつづける。
それをたどって、夜にピンポンを押したのだろう。
なぜなら、もう向うに行かないといけないから。
ただ、どうしてか七五三で行った神社や、近くのお寺でなく、
私がお参りする神殿から行きたいらしい。
そう推測して、
「向うに行く?」
と聞くと、
また、うなづくから、神殿の名前と場所の話をいろいろした。

それから急ぎの仕事をすませて、2時くらいに、また玄関先で休憩していると、
「お兄さん、もう行くね」
と、5歳なのにしっかりとした足取りで歩いて、5、6m先の林の入り口で立ち止まった。
急にわっと泣いた。
これでお母さんともお父さんともお別れだから。
それから行ってしまった。


この日から、1年ほどたった夏の終わりのこと。
家から一時間くらいの湖に登る山道をドライブしていたら、
なんとなく「スケートセンター入口」の標識が眼にとまった。
ふと行きたくなって、ハンドルを切った。
変に道が狭くなって、とても車では通れない。
不思議なことに、手前だけ広々している。
Uターンして、また元の道を登りはじめた時に、あっと思った。
後部座席に子供が乗っている。
やはり5歳くらいの女の子で、京香ちゃんとおなじに安心しているから、不思議だった。
「なんていう名前」と聞くと、
「お兄さんは、私の声が聞こえるの?」と聞かれた。
また「お兄さん?」と、驚きながら、
「ああ、聞こえるよ」
と答えて、もう一つのことに気がついた。
私の真後ろに、女の人が暗くうつむいている。
ユリちゃん(その子の名前)が寄り添っているから、話しかけようとしてやめた。
尋常でない気配に、事態がわかったからだ。
この人は、ユリちゃんを道連れに、おそらくあのあたりで母子心中をしている。
自殺してしまうと、半径800mくらいの中をしか動けないという。
だから、死を理解するには幼いユリちゃんは、道まで出て、
「お母さんが大変」とか、「お母さんが動けない」と、通りかかる人に言ったにちがいない。
たが、誰にも聞こえない。
その子が、なぜ私を「お兄さん」と呼ぶのか。
なぜ、ふと道を曲がって、車を止めたのかといえば、
京香ちゃんが一緒だったからにちがいない。

そうした役をする人がかなりの数いて、もちろん生きている人でなく、
一度向こうに行って、行けずに迷う人を連れに来る人。
私の知っているのは、みんな高齢の人だから、あんなに小さいのに・・と驚いた。
気配をたどったが、車には乗っていない。
ということは、あそこにいて、
「お兄さんの車が止まったら、乗せてもらって」と教えたのだろう。
なぜお母さんが動けたのかわからないが、
二人が乗るのを見ていたのだろうと結論して、家に戻って、三日ほど一緒にいた。

時間がかかったのは、この人の死に方に原因がある。
ユリちゃんにしか話しかけられなかったのも、おなじと思う。
それでも三日目に、京香ちゃんの行った神殿ではなく、
神社組織でいえば「分社」にあたる方がいいだろうと、気がついた。
この神殿を中心とする組織は、もう100万人規模のもので
(ただし、御利益御利益の宗教や神仏と関わりのない不可思議な宗教とは異なる)
どの県にも複数の「分社」があるから(いまから考えると、これも母親の死に方に関係するのかもしれない)。
それで、ユリちゃんには場所と名前を教えて、
お母さんには深く反省すること、
「分社」の神様によくお詫びすることを伝えると、
「ありがとう」
と、手を振るユリちゃんに、導かれるようにして行った。

その後も、京香ちゃんから、「お兄さん」と呼びかけられることが何度かあった。
ある城址公園の大きな木の下に、子供が5、6人集まっている。
みんな3歳から5歳くらいの感じ。
ああ、京香ちゃんだなと気がつくと、声が聞こえた。
誰にでもそう言うのか、年よりは若く見られるからなのか、いまでもよくわからない。



この話を投稿したのは、向うに行けずに、迷う人がたくさんいるからです。
「幽霊」のほとんどはこうした人で、中には「悪霊」に成り果てる人もいる。
もし霊が見えたり、気配を感じたりした場合、
向うに行けるように、ご縁のある神社とかお寺を紹介(?)してあげるとよく、
ただ「霊力」がないと危険。
また、時折参拝したり、神仏の心に添う生き方をしていないと(とても難しい)、
紹介(?)は無効。
これからますます迷う人が増えると思われ、
もしこうした悪霊、また自然霊に憑かれた場合、
「霊力」をつければ大丈夫なので、ぜひその努力をしてください。
「霊力」といっても、もともと人にはなく、あくまで「神の力」「仏の力」。
神も仏も、およそ考えられない密度の、想像を絶する巨大なエネルギー体。
この力を借りることが、「霊力」を身につけることです。
霊媒師(本物は神仏とつながっている)、神社・お寺・宗教組織(本物が必ずある)・・
とにかく求めつづければ、かならずほんとうの神、ほんとうの仏に行きつけます。

投稿者:とらのすけ