つい先日の話。深夜。
 愛用のタバコが切れたことに気付いた俺は、重い腰を持ち上げ近所のコンビニまで足を運ぶことにした。
 部屋着から外行きの服へと手早く着替えた俺は、玄関まで歩き扉を開こうとして、ふと小さな違和感を感じてドアノブから手を放す。
 本当になんとなく、ドアを開けたらまずい気がしたからだ。

 ところで、俺は二階立てのアパートの一階に住んでいる。
 普段使うことがないので忘れがちになるが、ドアにはドアスコープ、つまり覗き窓が付いている。それを使って、俺は外の様子を覗き見た。
 するとそれはいた。
 ドア一枚隔てた向こう側に、顔を深くうつむけた男が立っていたのだ。
 その瞬間俺は凍り付いた。
 時刻は深夜1時前。普通に考え、そんなところに人が立っているはずがない。
 しばらくの間、完全に硬直していた俺はなんとか我を取り戻して必死に思考を回転させた。
 この状況、はたしていったいどうすればいいのかと考え、しかし答えが見つからず、なかなか行動に移せない優柔不断な俺。
 そんなとき、

 ドンドンドンドンドンドン!

 ドアが叩かれる音が部屋中に鳴り響く。今度こそ硬直する俺。
 やばい。マジでやばい。もう半泣きだった。警察を呼ぶなんて考えも思い付かないほど、パニックになっていた。
 狂ったようにドアを叩く音が止んだあとは、代わりに男の荒い鼻息が聞こえてくる。ひどく興奮しているようだった。
 この時点で俺の思考は完全にフリーズ。
 ときおり耳に届く獣の唸り声のような男の声と、ドアをガリガリと削るような音が聞こえてくる。

 勘弁してくれ、俺がなにしたって言うんだよ?

 ドア越しに対峙すること、どれくらいたっただろうか。
 にわかに外の様子が騒がしくなり始め、複数の人たちの声と、男の絶叫が聞こえ出す。発情期の猫のような声で。
 どうやら近所の通報から警察が到着したようで、男は不審者として連れていかれそうになったところ、必死に抵抗していたらしい。とはいえ、1個人が国家権力に逆らえるはずもなく。

 その後、被害者として警察の方にあらましを伝え、無事事なきを得たんだが、アパートのドアは男の爪跡で傷だらけになっていた。
 マジでいったい俺になんの怨みがあるんだよ…………
 ちなみに男は会ったことも聞いたことない、まったく接点のないやつだった。
 生きている人間のほうが怖い。そう思った出来事でした。



投稿者:にひる