俺はよく夜更かしをして、深夜に自宅マンションの前の自動販売機に飲み物を買いに行く。その日も水道水ではなくてジュースが飲みたかったから、サンダルを履いて暗闇の中にぽつりと浮ぶ自動販売機の明かりに向かった。
 辺りには街灯も少なく、何処と無く不気味な雰囲気だった。そんな中、突然叫びながら男が走ってくるとか、帰りのエレベーターにこの時間なのに女が乗っているとか、何時も怖い妄想をしてしまうのが俺の嫌な癖だった。

でも今までそんな怪異は起こった事が無いし、簡単にそんな事が起きてしまえば、世の中怪異だらけだろう。そうやって怪異の存在を否定して言い聞かせる事で恐怖心を消しながら、ジュースを買って部屋に戻った。
 その夜の夢で俺は絶叫しながら、販売機の前の男に走ってゆく夢を見た。販売機の前に居た男は恐怖のあまりか、その場に固まっていた。

目が覚めた時、全身粟だって呼吸も乱れていた。そのまま眠れず、俺は布団から出て窓の外を見た。丁度販売機の明かりが見える。誰も居ない。

次の日の夜も、また次の日の夜も同じ夢を見た。その度に俺は真夜中に目を覚まし、寝不足になっていった。勿論、その頃には販売機に飲み物を買いに行く事をやめていた。それと同時期に昼夜問わず、自宅マンションのエレベーターに乗ると何故か怖くて階段を使うようにしていた。

初めてその夢を見るようになってから一週間が経とうとしていた時、自動販売機がマンションの都合で撤去された。駐輪場としてそのスペースを使うのだそうだ。
 販売機が無くなってから、ぴたりと夢を見なくなった。久々に快眠で、仕事にも集中出来た俺はその日の帰りにうっかりエレベーターを呼んでしまった。

俺が呼んだエレベーターの中には、長い茶色のスカートに血の乾いたような染みのあるTシャツを着て、肩越しくらいまで汚く伸びた髪の女が既に乗っていた。俯いている所為で顔が良く見えない。俺は声も出せずに、階段まで走り、全速力で駆け上がった。
 自分の部屋の前まで辿り着いたと同時に、エレベーターの戸が開く音が聞こえた。俺は見向きもせずに、部屋に滑り込み、その夜は震えながら寝た。

それから、あの女は夜になると必ずエレベーターに乗っている。何時から乗っているのか分からないけれど、日が落ちて暗くなる頃には既に居る。

俺は間もなく引っ越して、今はエレベーターの無いアパートに住んでいる。そしてもう二度と変な妄想はしないように心掛けている。


投稿者:桜花もよう