前回『押し入れと弟とかくれんぼ』を投稿した者です。
今回も私が小さかった頃の話です。

小学校に入ってすぐ、私には一人の友達ができました。
名前をりさちゃんとしておきます。
りさちゃんは私と同じクラスで、いつもニコニコしていました。彼女は少し他よりも遅れているところがあり、漢字や足し算引き算を覚えられなかったりと周りよりも理解の遅い部分がありました。

1年生からクラスが分かれ、3年生の時に私とりさちゃんは隣のクラスになりました。そこでもやっぱり理解の遅いりさちゃんは女子からもいじめを受けていたようでしたが、単純な私はそんなことは大して気にもせず毎日りさちゃんと帰っていました。
りさちゃんはそんな状況でも笑顔を絶やすことはありませんでした。


ある日私は些細なことでりさちゃんとケンカになりました。いつも穏やかなりさちゃんもこの時ばかりは少し怒っていました。
私はそんなりさちゃんの大人びた態度が気に入らず、ひどい言葉でなじってしまいました。今考えても、私は本当に愚か者でした。
りさちゃんは傷ついて泣きだし、そのまま学校から走り去ってしまいました。私は自分が取り返しのつかないことをしたのに気づき、急いでりさちゃんを追いかけました。

このままではりさちゃんに嫌われてしまう、それだけは嫌だ!

頭の中はそれだけでいっぱいでした。
人見知りな私にはりさちゃんしか友達がいなかったのです。どうしてもりさちゃんに嫌われるのだけは耐えられませんでした。

夢中でりさちゃんを追いかけて、ついにいつも二人で分かれる十字路にたどり着きました。この十字路はそれぞれ四つ横断歩道があり、いつも私達は信号をわたりきったところで別れていました。
前方を見ると、りさちゃんが横断歩道の向こうで立ち止まっているのが見えました。

今なら追いつく!

そう思ったとき、私は横道から出てきた自転車に思いっきりはね飛ばされました。

幸い頭は守ったので無事でしたが、自転車と衝突した右の太ももは痛くて痛くて息もできない程でした。
涙でかすむ視界の中で大人の人が私を覗き込み、救急車を呼ぶか?など声をかけていましたが、私はとにかくりさちゃんのことで頭がいっぱいで、とっさに信号の向こうを見ました。

りさちゃんは、どこか不満げな、まるでくじが外れたような残念そうな顔をしてこちらを見ていました。

えっ、と思ったのも束の間、あっという間にりさちゃんは家の方向に走り去ってしまいゆ、私もなんとか立てるようになってきたので周りの人には家が近いので大丈夫ですとだけ伝えて帰宅しました。
奇跡的に太ももが内出血していた他は軽い擦り傷程度で済み、母にはこってりと絞られました。
次の日学校に行くと、りさちゃんはいつもどおりの笑顔であいさつをしてくれました。
私は昨日の言動を謝罪し、りさちゃんも許してくれました。
しかし三年生の終業式のすぐ後、りさちゃんは八王子のあたりに引っ越してしまい、それから今も会っていません。

ただ一つ腑に落ちないのは、私が自転車と衝突したとき、あの道は私の側からだとあの曲がり角から来る人や乗り物は見えないのですが、りさちゃんの側から見ると私と衝突した自転車は見えていた筈なのです。


足に残った痣と共に私の脳裏に焼き付いたあの残念そうな表情。

私は未だにりさちゃんが私を許してくれていないんだろうと感じています。


投稿者:ゆき