母親が他界した。 高齢だったからあきらめてはいたが、もっと生きている内に会って親孝行しておけば良かったと後悔した。

実家には何年も帰っていなかった。一人娘なのに。
東京に嫁ぎ、経済的にも厳しくていっぱいいっぱいで生活している自分には故郷の北海道に帰る交通費さえままならなかった。

これまた高齢な父親が母のいない実家に一人残されてしまった。大正生まれで頑固ものの父親は戦争も経験している。母が死んで寂しいはずだが、気丈な素振りで平静を装っていた。

母親の葬儀も済ませた。
東京に戻る日、父親が飛行機代よりも多めな金額のお金を手渡してくれた。「四十九日にはまた来てくれるんだろ。」 いつになく気弱な老人の父親の姿を見た気がした。

秋も半ばの頃、再び父親に会った。どこにそんなお金があったのか巨大な真新しい仏壇が設置してあり、改めて母親の不在を噛み締めた。

父親は想像していたより顔色も良く、元気そうにしていた。
一通りの儀式を済ませ、深夜父親と二人きりになり、残り物の料理を肴にしこたまお酒を飲んだ。
酒好きはきっと父親に似たんだろう。

その夜、父親は饒舌だった。戦争中の話、戦後、炭鉱で働き幾度となく事故で命の危険に晒されたこと。母親と出会った話など。
父親とこんなに話したのは初めてだったかもしれない。

どの位寝たのかわからなかった。喉の渇きで目覚めると昼だった。父親は自分の布団に入ったらしくいなかった。
自分は座卓の下で大の字で寝てしまったようだ。

父もやっぱり寂しかったんだな。昔の戦友に会ったとか、落盤事故で死んだとばかり思ってた仲間が生きていたとか。一人でいると人恋しくなるんだな。そう思った。


父は買い物にでも出かけたようだ。

顔を洗って外に出ると、隣り村の顔見知りの奥さんに会った。「あら帰ってたのぉ、久しぶりだねぇ。お母さんも一人で頑張ってたんだけどねぇ。でもね菊子ちゃん。お母さんはあっちでお父さんとやっと会えて良かったとおもってるはずよ。菊子ちゃんも寂しくなると思うけど、こればかりは順番だから仕方ないっしょ。気ぃ落とさないでね」


ふらつきながら家に戻った。酒の酔は覚めているはずなのに。

和室の仏壇の扉を何も考えず開けた。真新しい母親の位牌ともう一つの位牌が並べられてあった。




父親は昭和4○年、炭鉱事故ですでにこの世にはいなかった。

それを忘れていただけの話だった



投稿者:菊子