以前「立っていた男」「天井裏に棲むモノ」を投稿した子泣き爺です。ちょっと間が開きましたが久しぶりに投稿したいと思います。ただ、この話は心霊的な話なのか、異次元というべきか自分でも判断がつかないのです。読んでくださる方の判断にお任せしたいと思います。以下文体を変えます。


 荻窪の四面道の離れで恐怖の体験をした私は、72年の5月、引っ越し先の明大前駅近くのアパートでようやく落ち着いた生活を送り始めていた。噂を聞きつけた高校時代の友人や、新たに出来た大学の友人が心配して泊りにも来てくれて、夜の闇に対する恐れも次第に薄れていた。

 6月に入って間もない頃、同じ京王線の仙川に住む大学の友人Mと初めて新宿の歌舞伎町に飲みに出かけた。地方出身の私は、人で溢れた繁華街の夜が苦手で、飲むといえばアパートの自室か駅前の居酒屋がせいぜいで、わざわざ電車に乗ってまで飲みに出たいとは思わなかったのだが、半ば強引に誘われて渋々出かけたのだった。

 だが、そうやって出かけてみれば繁華街の夜はやはり魅力に溢れた場所だった。若者が多かったが、みな思い思いにファッションを楽しみ、屈託無く街に融けこんでいるように見えた。

 東京出身のMは、高校の頃から歌舞伎町に出入りしていて場馴れしており、田舎育ちの私をリードして都会っ子の優越感に浸ってもいたらしい。馴染みの店をはしごする内に、時間はあっと言う間に経ち終電の時間が迫っていた。

 「そろそろ引き上げようぜ」
 「まだ早いよ」
 「電車なくなっちまうよ」
 「お前明日講義あるんか?」
 「朝はないけど・・・」
 「だったらいいじゃないか」
 「いやもう酒はいいよ。飲めねえわ俺」
 「だったらお茶でもいいよ。もっと話しようぜ」

 Mはいわゆる「さびしんぼう」だった。家には年の離れた兄貴が1人いるが、すでに社会人で、話といえば一方的に説教をくらうというあまりおもしろくない関係だったらしい。両親もごくごく堅い人たちで、非常識とは縁遠い生活を送っているわけだった。

 そこへいくと私は上京して一人暮らしでなんの規制も無く好き放題に暮らしているように見える。Mは私の境遇が羨ましくて仕方がなかったらしい。その上、私は幽霊に下宿を追い出された?というまれな逸話の持ち主で、いじりまわすには格好の相手ということらしかった。

 「深夜喫茶というのがあるんだ」
 「朝までいられるのか?」
 「もちろん。始発までいられる。それにな」
 Mはそこでニヤリとした。
 「なんだ?」
 「同じように始発待ちの女の子がけっこういるんだ」
 「ほほう」
 女の子と聞いて私の心は動いた。田舎で付き合っていたカノジョは同じように上京していたが、今後どうなるかは未知数だ。なにより、都会の女の子と知り合えるかもしれないというのは、私の心を大いに揺さ振り、私をその気にさせた。

 その店は紀伊国屋書店の裏側にあったように思う。Mの言うように、店内には始発待ちと思われる女の子が数人いた。みな本を読んだり連れと話したりして所在なく座っている。ケータイもスマホもないこの時代だが、けっこう時間の潰し方を心得ていたように思う。現代人なら退屈で耐えられないかも知れないが・・・。

 その女の子は、窓際の席にポツンといた。1人だった。野球帽のようなモノを被り、顔の輪郭より大きなメガネをかけていた。印象としては「ヤッターマン」とか「タイムボカン」に出てくる女の子のようでとてもキュート(もう死語かな)だった。

 Mは馴れっこなのか図々しく声をかけると、彼女の隣に座り、私は前の席に座った。私1人なら見知らぬ女の子に声をかけるなどとてもできない(いまでもできない)が、Mのおかげで思わぬ機会を得たわけだ。

 私たちが同じ大学の学生だと自己紹介すると、彼女も服飾デザイン学校の学生だと名乗った。互いに名前も教えたように思うが、その後のこともあって忘れてしまった。おしゃべりは楽しかった。私は可愛い女の子と知り合えたことで有頂天になっていたし、互いの学生生活や将来の夢など話すことがたくさんあり、時間はどんどん過ぎていった。

 ボックス席から見える通りが白々と明るくなる頃、女の子がそろそろ帰ろうと言い出した。時計を見るともう始発が走り始めた頃だった。

 「僕らは京王線だけど君は?」
 「私は小田急」
 「なんだ、途中まで一緒だね、よかった」
 当時京王線と小田急線は途中まで同じ通路を歩き、途中で分かれるようになっていたと思う。

 私たちは互いの住所を交換し合い(M以外電話は引いていない)、東口から入って長い通路を歩いて行った。歩きながら3人でいろいろ話をしていると彼女がもうこの辺でと言った。

 「私こっちだから。楽しかった、またね」
 そう言うと彼女は左手にある階段を登って行った。この時私は妙な違和感を感じたのだが、それが何なのかハッキリしなかった。
 「ああ、それじゃまたね」
 私たちも返事をして、京王線の乗り場に向かった。
 ホームにはすでに電車が入っていて、私たち2人は各停に乗り込んだ。急行に乗ると明大前はすぐで、話をしている時間があまりないからだ。

 走り出した車内で2人はしばらく女の子の話をしていたが、そのうちMが思い出したように言い出した。
 「ところでお前何か変だと思わなかったか?」
 「変だって何がだよ」
 「いや、彼女あそこで階段登って行っただろ」
 「ああ」
 「あの階段いつできたんだ?あそこは壁しかなかったはずだぞ」
 そうだ、あそこに階段などなかった。あるのは壁だけだ。あの時感じた違和感はそれだったのだ。

 Mと私は顔を見合わせた。Mの顔は真っ青だった。


投稿者:子泣き爺