レッカーの仕事、聞いた話⑤です。
もう何年も前に聞いた話なんだけど、最近卵を車に落とす兄弟やその辺のビルから卵やペットボトルやらを投げる大学生のニュースを見て、あぁ、この話もあった!と思い出した話。

今は辞めちゃってもう会社にはいないんだけど、俺に仕事を教えてくれた仮名Aさんの若い頃のことだそうで。

季節は言わなかったか俺が忘れちゃったかで定かではないですが、ある雨の夜の話。

その日、Aさんは福島県の某所に荷物を運び、夜の8時頃には帰路についていた。常磐道からウネウネっと走って、自分の県に入って少し経ったとき、降っていた雨がスコールの様に急に強くなったそうです。
ワイパー全開でも視界が悪いくらいの雨だったようで、こりゃ危ないなってんで、かなりゆっくり走っていたみたい。幸い、前にも後ろにも走ってる車はなかったようで、迷惑にもならないし。

何分か走っても、雨は一向に弱くならない。そうこうしているうちに、Aさんはある歩道橋のかかった十字路に差し掛かった。
信号機は青だし、歩行者も見当たらない。Aさんが交差点に侵入したまさにその時、恐らく歩道橋の上から(てか、それしか考えられないが)何か黒い物体がトラックのフロントガラスにドーーンと落ちてきた。
Aさん、さずがに「うおーーっ!」と声が出たそうです。トラックを急停車させて、慌てて外に出たらしい。

相変わらずの激しい雨で、周りを見てもよく見えない。あっという間にびしょ濡れになり、それでも歩き回って辺りを探すも何も落ちていない。トラックを見ても、結構な衝撃だったのにガラスも割れていないし、ボディも凹んでもいない。
当時はまだ携帯電話もなく、すぐ近くに電話ボックスも見当たらなかったようで、びしょ濡れのままトラックに戻り、途方にくれていたようです。

「何も落ちて無かったんだから、気のせいだろ、で行っちゃえば良かったんじゃないの?」と俺が聞きましたところ、Aさんはこう答えましたとさ。

「だってな、フロントガラスに当たったアレな、人だったぞ。」

一瞬だったけど、ハッキリ見たそうです。雨を遮り、フロントガラスに当たったのは人間の背中だったと。黒っぽい服だったらしい。
んで、Aさんは歩道橋から飛び降りた人がいて、それにタイミングよく(悪く?)ぶつかったんじゃないかと思ったようです。
でも外を見ても何もない、でももし人だったら、ひき逃げになってしまうかも知れない。だから、とりあえず雨が弱くなるのを待って、それからもう一度探してみて、それでも無かったら警察に相談しようという考えに至ったらしい。

やがて雨が小降りになりだしたのでAさんはトラックを降りてまた周りを探しだした。
だけど、やっぱり何もない。
仕方ないので、Aさんはトラックを運転して電話ボックスかコンビニを探し、コンビニの外にあった公衆電話から警察に電話をかけた。110番なので、一応事故だけど、説明が難しいから警官を寄越してくれ、と言い、待つこと20分、ようやく警官が来た。
事情を説明し、警官と一緒に現場に戻り、一緒に周りを探したが、やはり何も見つからなかった。トラックの上も見たが、傷も凹みもない。
警官も、雨が強かったし、何かの見間違いだろうって見解だったけど、もし後で轢かれたって人が出てきたら連絡しますと、連絡先だけ控えさせられて帰ることになったそうです。

だけど何か釈然としないAさん。警官が帰った後も、窓を15センチほど開けて煙草を吸いながら、しばらくそこに路駐したままでいた。あれは見間違いなんかじゃないし、絶対に人だった、と思い更けていたものの、どうにもならないので仕方なく帰ることにした。
ギアを入れてさあ出ようとした時、ふと見た窓。煙草を吸うために開けた15センチの隙間。
まるでその隙間から車内に入れると思っているかのように、真っ白な顔色の女が顔を覗かせて、乗り込もうとしていたそうです。
音もなく、突然に目の前に現れた、紛れもなく人ではない「それ」に、Aさんはその日2度目の悲鳴をあげることになった。

「普通よ、どこでもいいけど、狭い中に入ろうとするとき、手とか頭から入ろうとしねえ?そうじゃなくて顔からだぞ?しかも無表情だしよ、声も音もねえんだぞ。そりゃ怖ええだろ。」ええ、確かにそりゃ怖いです。

Aさんは、そのままトラックを急発進させ、絶対に横を見ないようにして帰ったそうです。
落ちてきたのは、間違いなくその女だとAさんは言ってました。何で分かるのか?と聞いたら、着てた服がフロントガラスに当たったとき見た服と同じだったと。でも、とりあえず轢いたのが人じゃなくて良かったと、ホッとしたらしいです。意外と冷静だな、この人と思いましたね(笑)

ちなみに、聞けばその交差点は近くはないんだけど、よく通る道だった。この話を聞いて以来、全く通らなくなったのは言うまでもないと思います。


投稿者:TR