レッカーの仕事、スーパーエースの話⑰です。ずいぶん前に、質問で感動したり心温まる話ないですか?と言われて、佐藤君に聞いてすぐ書かずに時期を待っていた話。もうそろそろ桜咲くかな~と期待しながら書きます。


佐藤君のフトン屋さん時代の同僚(だいぶ年上だけど)の奥さん、A子さんから聞いた話だそうです。

A子さんは、大学を卒業してすぐ某会社に就職。仕事もソツなくこなし、人柄も良く、かわいらしい笑顔が魅力的。そのため、特に男子社員や上司からは必要以上にもてはやされたようで、女子社員の受けは悪かったみたい。

本人はそのことで悩んだこともあったんだけど、その度に同期入社のB子さんが励ましてくれていたそうです。当然のように、2人の関係は親友と呼べるものになっていきました。

数年が経ち後輩もできた頃、A子さんに彼氏ができました。合コンで知り合った彼はルックスもよく、優しい人だったようです。
まるで夢のような毎日。親友のB子さんも応援してくれていました。

でも、幸せは長くは続きませんでした。ある春の日、ちょうど今ぐらいの時期でしょうか。同僚の女子社員から耳を疑いたくなるような話を聞いたのは。

「A子の彼氏、B子と会ってるよ」

初めは、信じなかったA子さん。でも、よくよく考えれば、彼氏も、そしてB子さんにも怪しいところは確かにあった。
数日経ったある日、意を決したA子さんは、お酒の力を借りて彼氏を問いただしました。すると、彼氏はあっさりと認め、いつ別れ話をしようかと思っていた、と言ったそうです。
翌日、A子さんはB子さんに詰め寄りました。B子さんは、最初は否定していましたが、彼が認めたと告げると、態度を豹変させました。
アンタにはもったいない、彼は初めから私が好きだった…とても親友とは思えない言葉がどんどん出てくる。最後には、アンタを親友と思ったことは一度もない、と言われたそうです。

幸せの絶頂からドン底に落とされ、親友と思っていた人間に裏切られたA子さんは、泣きながら宛もなく街をさまよいました。
もう、誰も信じられない。何もかもどうでもいい。何処をどう歩いたかも覚えていないが、ふと気づくと大きな桜の木の下にいたそうです。

満開に近い桜の花は、夜の闇の中でもそれは綺麗に咲いていました。
この桜の下で私の人生を終えられたら、少しは寂しさも紛れるだろうか。A子さんは、この木の枝にロープを掛けて首を吊ろうか、それともお酒と睡眠薬にしようか、と自殺することを考えていた時、ふと誰かに呼ばれた気がして上を向きました。

「お姉ちゃん、何で泣いてるの?」
声の主はそう言うと、木の枝からストンと地面に降り立ちました。
見ると、とても現代の子とは思えない出で立ち。ボロボロの雑巾を縫い合わせたかのような着物と、長く洗っていないであろう髪を団子で縛った、顔の煤汚れた12、3歳の女の子でした。
普通なら、びっくりするなり不思議に思うなりするところなのでしょうが、気も動転しているし投げやりな気持ちになっていたA子さんは、奇妙に思うこともなく言ったそうです。「あなたには関係ないことよ。もう遅い時間だよ?家に帰りなさい。」

女の子は、家はここだと言いました。そして、音も立てずにA子さんにスッと近づいて
「せっかく生きてるのに、死んじゃダメだよ。死にたくなかったのに、死んじゃった人達に怒られちゃうよ?」A子さんの顔を覗き込みながら、女の子がそう言ったそうです。
「でも、私にはもう、何も残ってないのよ。」A子さんは、その女の子に全部話しました。
A子さんが泣き出すと、女の子はA子さんの頬に手を当てました。

記憶、なのでしょうか。A子さんはまるで夢のような幻覚のような、自分がその場にいて見ているような感覚におちいりました。

農家の親元から、半ば強制的に売られるように町の商人の家に連れ去られ、初老の商人の妾にされ、怖くて逃げたした。家に帰れば親に迷惑が掛かる。町では大人が何人も自分の行方を追っている。山に逃げ込み、食べるものもなく、ふと気がつくと大きな桜の木の下にいた。
まるで桜の木に抱かれるように幹に頬をつけ目を閉じると、優しいお父さんお母さん、弟や妹の顔が浮かぶ。
やがて女の子は静かに息を引き取り、数日後通りかかった旅の僧によってその木の下に葬られました。

「これは、あなた?」
A子さんの問いかけに女の子は頷きました。
「私は生きたかった。お父さんとお母さんに会いたかった」
女の子がそう言うと、さらに記憶が流れ込んできたそうです。

明治か大正頃の兵隊さんが、桜の下で手紙を書いている。またある時は、大きなキャンパスを広げて桜の木を書いているベレー帽の老人、愛を語り合う学生のカップル。
かと思えば、焼けた空と飛び交う爆音、鳴き声。防災頭巾をかぶって、震えながら木の下にうずくまる親子。
やがて空が明るくなると、子供達の笑い声。周りに家やビルが立つ。ふと見ると、夜中に泣きながら歩いてくる女の人。
「あっ、私…」
A子さんが漏らした言葉に、女の子が答えます。

「ずっとここで、見てきた。お姉ちゃんみたいに、ここで死にたいと思う人も何人かいた。でも、ここは私の場所。だから止めるの。死んでもいいことは何もないよって。大切な人は、まだいるはずでしょ?」

女の子はそう言うと、段々と薄くなりやがて消えたそうです。ボーッとそれを見ていたA子さんを現実に引き戻したのは、携帯電話の着信音でした。
ハッと我に返ったA子さん。辺りを見回しても女の子の姿はなく、何故か桜の木を抱いて座り込んでいたようでした。
鳴り続ける携帯を見ると、実家からの電話。通話ボタンを押すと、懐かしいお母さんの声が聞こえました。
「珍しく電話してきたと思ったら、何も喋らないで、どうしたの?何かあったの?」

お母さんの話を聞くと、どうやら数分前にA子さんの携帯から実家へ電話があったようなのです。ナンバーディスプレイで確認しているので間違いないと。
ところが、出てみると何も喋らない。電波が悪いのかと思って、一度切ってかけ直したのだそうです。
もちろん、A子さんは実家に電話などしていなかったのですが、お母さんの声を聞いて安心したんでしょうね。また泣き崩れてしまったようです。
「何があったか知らないけど、辛くなったなら帰ってきなさい」
お母さんはそう言ってくれました。

その後、A子さんは会社を辞めて実家に戻りました。そして数年後、今の旦那さんと知り合い結婚し、子供も2人できました。

上の子が生まれたとき、A子さんは旦那さんに初めてこの話をしたそうです。
そして、子供と3人でその桜の木を見に行ったそうです。もちろん、女の子は現れなかったのですが、あの時諭してくれなかったら死んでいたかも知れないと思うと、感謝してもしきれないとA子さんは言ったそうです。

佐藤君はその話を聞いて、初めて幽霊に「会ってみたい」と思ったらしいです。
で、ちょっと遠いんですが、行ってみたそうです。
本当に大きな桜で、不思議な感じのする場所だったと言ってました。やっぱり件の女の子の幽霊は見えなかったみたいなんですが、何かいる雰囲気はあるし、もしいるなら幽霊じゃない、もっと上(化け物、怪物、神様クラス)だそうです。
きっと、その女の子が自分で会いたい、話したいと思わないと出てきてくれないんじゃないかなぁと。

桜が咲いたら、俺も嫁さん連れて行ってみたいと思います。


投稿者:TR