レッカーの仕事、スーパーエースの話26です。

今回の話は佐藤君がウチの会社に入ってすぐの話。TRに弟子入り?(笑)するちょっと前ですね。

昼間の通常便で、1台しか乗らないキャリアカーを使ってルートや積み降ろしの勉強中の頃のこと。
丁度今頃の季節、草の匂いが強くなり虫が飛び、鳴き出す頃でした。

佐藤君には、春夏秋冬昼夜問わず飛び回る虫が見えています。「死蟲・しむし」と言うのだそうです。
お婆さんがそう呼んでいたので、それ以外の言い方は分からないらしいのですが、真っ黒でまん丸、サイズは蝿より少し大きい。綿毛のようなものに包まれていて、音もなく飛び回る。動きはあまり早くなく、蚊と蝿を混ぜたようないやらしい飛びかたをするそうです。

何度か捕まえたことがあるらしいのですが、手のひらを開けると消えているんだとか。
死蟲は文字通り、人を含む死んだ動物の回りや、時には霊の回りを飛んでいることもあるようです。


風の強い日でした。
いつものように朝出勤した佐藤君は、事務所のホワイトボードで自分に割り振られた仕事と車を確認し、車のキーを事務のお姉さんから受け取ると仕事に出掛けました。
たどたどしくも、そんな朝の作業もやっと慣れてきた、そんな時期だったと思います。

会社からほど近い、お得意様の中古車屋。その店から少し離れた2号店へ車を運び、そこで車を降ろして違う車を乗せて今度は3号店へ…と、新人にはうってつけの仕事。

昼前に2号店に到着し、車を降ろして待っていると、店員が3号店に運ぶ車を持ってきました。軽の某人気車種だったそうです。
その時、佐藤君の目の前を黒いものが飛んだ。「…死蟲だ」佐藤君はつぶやきました。風に左右されないのも死蟲の特長。強風で店のノボリがはためく中、平然と飛び回っている。

死蟲は受け取った車から飛んできたようでした。店員に車の経緯は聞けないので、遠回しに人気車種を移動しちゃうんですかー?と聞いたところ、ずっと置いてあるんだけど何故か買い手がつかないからローテーションだね、と言われたようです。
車内を見ても特にヤバイという感覚はなかったので、まあいいか、と流して荷台にその車を乗せようと、その軽に乗り込み運転席のドアをバタンと閉めた瞬間でした。
おびただしい数の死蟲が車内に溢れ返り、さすがの佐藤君も「うーわ!何だこれ!」と叫んで車から飛び降りたそうです。

死蟲の見えない店員は、佐藤君の行動に首をかしげていましたが、佐藤君は愛想笑いして大丈夫です、後やっときますからと店員を遠ざけました。
とは言うもののどうしたものか。普通人の死体であっても、こんな数の死蟲が湧くことはないんだそうです。蝿に混じって数匹、多くても10~20匹。
取り合えずドアを開けて死蟲を出して、何とか車を積んだ佐藤君は、足早に店を後にして3号店に向かいました。

3号店は少し離れていて、昼間だと車で大体1時間半はかかる距離。
県道を走り出して30分くらいした頃、目の前をふわりふわりと黒いものが横切るようになった。死蟲だ。

この時点で少しおかしいと思った佐藤君。普通は死体に湧く死蟲。でも車内に死体はなかった。前に何度か幽霊の回りを飛んでいるのを見たことはあるが、この数は異常すぎる。死蟲が何に反応して湧くのかは疑問だが、死臭とか霊が発する何かに反応するのであれば、確実に何かいる。それも凄いヤバいのが。でも、さっき乗った感じではそんなことはなかった。
佐藤君の頭の中でそんな疑問が渦巻く間に、目的地の3号店に到着しました。

3号店に着き車を降ろそうとすると、店長がそれを制止しました。
聞くと、今日丁度買い取りが決まったのがその車種で、これ以上いらないから本店にそのまま持って行ってくれと。
先に言えよ、二度手間じゃん、来なくてよかったのに!と心で文句を言いながらもにこやかに指示に従う佐藤君。
取り合えず、本店に電話して手配するからちょっと待ってと言われて、店の中で待つこと2時間。日が傾いて暗くなってきた頃、店長がやっとゴーサイン。

渋々再び車に乗り込む。すると、強烈な違和感が佐藤君を襲った。死蟲が目の前を飛ぶ。
「あー、来たなコレ」
佐藤君が「来た」というのは、時間帯のこと。例えば昼間だと何も感じない場所も、夜になると雰囲気が一変してヤバイ雰囲気が溢れる場所がある。
それと同様で、この車には日が落ちると現れる霊が居るようだった。昼間とはいえ佐藤君に気づかせないレベル。そして、普通の人達が気づかないウチに何かを感じて本能で買い渋るレベル。つまり、化け物クラス。

走り出してから何かあったら嫌だと思った佐藤君は、取り合えず荷台の軽自動車を覗き込んだ。車内には死蟲が溢れんばかりで中が見えない。
すげぇなコレ、と、荷台に乗っかりフロントガラスを覗いた瞬間、バン!という音と共に黒い何かが中からガラスに手をついた。
ビックリする佐藤君。だかその手は、まるで死蟲が手の形を作ったかのよう。言い換えれば、その化け物クラスの霊を死蟲が覆い隠している。
正体が分からない。男か女かも分からない。でも確実に中にいる。初めての経験に、さすがに冷や汗が出たそうです。

荷台から降りて運転席に座ると少し考えた佐藤君。この車を降ろすには運転しなきゃならない。
あの正体の分からないヤバイのがいる車に乗って運転する?無理だ、どう考えても。
取り合えず車を走らせ、少し行ったところのコンビニに寄ると、書類のバッグから電話番号の書いた紙を取りだして本店に電話をかけた。
3号店から運搬中に事故渋滞にはまっていて、営業時間に間に合わないから明日の朝の荷降ろしで大丈夫ですか?と聞いてみると、構わないとの返事をもらえたので、佐藤君は胸を撫で下ろしました。
とにかく、暗いうちにあの車のドアを開けるのは避けたかった。

そうなると、キャリアカーは荷台にその軽自動車を載せたまま会社に置いておくことになる。ただ、それには手続きなどが面倒で、書類の苦手な佐藤君が取った方法は会社的にはNGな方法でした。
つまり、積み荷なしの直行直帰申請(これは電話だけでOKなので荷物があるか確認されない)だけして荷物は積んだまま自宅に帰り、明日の朝会社に寄らずに本店に直で行って荷物を降ろす、という裏技。

ところが、この考えが甘かった。
夜21時過ぎに夕飯を済ませて帰宅、風呂に入り横になってテレビを見ていると、疲れもあってそのまま寝てしまった佐藤君。
もちろん、電気もテレビも点けっぱなしのはずだった。

深夜、トイレに行きたくなって目を覚ました佐藤君は、異変に気がついた。
部屋は真っ暗。いつも以上に暗い。寝ぼけながらも窓に目をやると、普段なら外の街灯の明かりが見えるのだが、それも見えない。
その瞬間、佐藤君の目が丸くなる。

部屋を埋め尽くす死蟲。尋常ならざる数の死蟲が、所狭しと蠢いている。電球も窓もテレビも、何もかもを埋め尽くしている。
佐藤君が動くと連動して動く死蟲。動いた僅かな隙間から、テレビや蛍光灯の光が漏れる。
その一瞬漏れる光に照らされ、部屋の入り口に人型の黒い死蟲の塊があるのが分かった。

「車から出て来れんのかよ」
佐藤君がつぶやくように言うと、死蟲の塊は咳き込むようにゲラゲラ笑ったそうです。
ああ、男だな、と思ったらしいんですが、それどころじゃない。
多分、あの車を所有した人はみんな死んでんな、と思ったのは、笑い声が最低4人くらいの合唱だったからだそうです。全員この化け物に憑かれ、恐らく自分で命を絶ったはずだと。

俺も仲間入り?それは勘弁して欲しいな、と思った佐藤君は、自分の真上に手を伸ばしました。案の定、蛍光灯に手が触れて死蟲が散り、部屋が明るく照らされた。その隙に位置を確認して、ダッシュでアパートから逃げ出したそうです。

裸足のうえに財布も携帯もない、車のキーもない。何時かも分からず、コンビニにも入れずに途方に暮れていると、うっすらと空が明るくなり始めた。朝になればあの化け物もいなくなる、というか大人しくなる。
車の所有者ではないから、車を返してしまえば多分大丈夫だろうと思った佐藤君は、コンビニの駐車場の縁石に腰を降ろして朝を待ちました。
警察が来たら職質喰らってたね、と笑ってました。

結局、化け物の正体も分からず、死蟲の原因も分からず、何もかもウヤムヤなままですが、車を降ろしたら次の日からは何もないそうですよ。
中古車屋は影響ないの?と聞いたんですが、ずっと置き続けてるとヤバイ(店員で自殺者が出るとか)と思うけど、今回みたいにローテーションとかで店舗移動したり、可哀想な誰かに買われたりすれば、店は大丈夫なんじゃない?と。
少ししか対面しなかったけど、あれも祓ってどうこうできるレベルじゃないね、と佐藤君は言ってました。

今日も佐藤君の目の前を、死蟲は飛んでいるんでしょうかね?


投稿者:TR
投稿者のTwitter:@tr_sato