僕には四歳年上の姉がいます。
小さい頃からよく面倒を見てもらって、周りの友達からも「お前ら本当仲いいよな」と言われるような仲です。 (多分僕がシスコンなだけなんだと思います・・・)
ちょっと横暴だったり人をからかったりするけど、僕は姉を尊敬しています。

そんな姉が小学校六年生の頃の話です。
僕のいた小学校は、マンモス校だったのもあって校舎が二つありました。
一つは主にクラスの教室や給食室のある南校舎。もう一つは図書室や調理実習室など特別教室のある北校舎。
そして離れに体育館がある、という構造でした。
当時小学2年生だった僕はかなりの怖がりで、暗いところを恐れて夜は一人でトイレも行けないようなモヤシでした。

本を読むのは好きだったけれど、図書室のある北校舎は周りに生えている木のせいでいつも薄暗く、正直苦手でした。そういう時は大抵姉に交換条件付きで本を借りに行ってもらったりしていました。交換条件と言っても、帰りに駄菓子屋で姉の分を奢るとかそんなものです。


そんな2年生の八月半ば。その日は本当に暑くて暑くて、クーラーのない教室でみんなぐったりしていました。なんとか授業を乗り切って帰ろうとした時、僕は図書室に返し忘れた本があることを思い出しました。
僕の学校は期日に厳しく、本や宿題などの提出期限や返却期限を1日遅らせるごとに放課後の特別教室の掃除というペナルティが付きます。本の返却期日は今日まででした。

ペナルティは嫌だ。でも、北校舎に一人で行くのは気が引ける。どうしようかと悩んでいた時、ちょうど僕の教室に入ってきた人がいました。見ると、それは僕の姉でした。

6年生の姉がなんで2年生の教室に?

疑問を浮かべる僕にはお構いなしに、姉はずんずん教室に入ってきて僕の腕をつかみました。

「あんた図書室の本返してないでしょ。先生から私に注意が来たんだけど?」

どうせ一人で行けないから悩んでたんでしょ?と姉は意地悪な笑みを浮かべました。
その通りだと頷くと、

「そうだと思った。じゃあ今日はお風呂当番変わってね」

と言いました。
姉が図書室までついてきてくれることを理解した僕はホッとしました。
夕焼けでオレンジ色に染まった廊下を歩きながら、姉はさんざん僕をからかいました。
やれ2年生にもなって暗いところが怖いのか、だの、こんなんじゃあんた一人暮らしできないよ?だの。まあいつものことなので黙って聞いていたのですが。

渡り廊下を渡って北校舎に入ります。
北校舎はあの夕焼けが嘘のように真っ暗で、ジメジメして寒く、木造なのも相まっくってお化け屋敷にでも入ったかのような恐ろしさを感じました。
尻込みする僕をよそに、姉はどんどん進んでいきます。
図書室は三階の一番奥にあり、その遠さと校舎の様子から僕は本当に苦手でした。
腹をくくって姉の後に続き、ようやく三階までたどり着きました。あとは廊下を進むだけです。しかし、姉は突然足を止めました。

「動かないで」

珍しく緊張した姉の声。心霊番組やホラー映画でも悲鳴一つ挙げないあの姉がです。
僕は思わず足を止め、ぴったりと姉にくっつきいて姉の背中越しに廊下を見ました。

暗い。

最初にそんな印象を抱きました。
暗すぎるんです。たしかに夕方だし、薄暗い北校舎では多少南校舎と差がつくでしょう。でも、廊下の一番奥が暗すぎて見えないというのはいくら何でもおかしい。
窓もなにか黒い上でも貼られたかのように真っ黒です。
そして、その暗闇からなにか低いつぶやきが聞こえて来るのです。
よく耳をすまして聞いてみると、どうやら複数の人が喋っているようでした。
姉はしっかりと後ろの僕の腕を握って離そうとしません。さらに不安を煽られ、姉にしがみつきました。
姉の顔は今まで見たことがないくらいに険しく、まっすぐに廊下の奥を睨んでいます。
ただならぬ状況に僕は半泣きでした。
最悪なことに、暗闇から聞こえる声はどんどん近づいてきます。
声が近づいてくるうちに、それが何を言っているのかがはっきり聞こえるようになりました。

「くれ・・・」

「くれ!」

「くれ!!」


しわがれた声、男の声、女の声で聞こえるたくさんの『くれ』という声。
不思議なことに、その声を聞いているうちに僕は本当に何かをあげなきゃいけないという気持ちになり、思わず何が欲しいのか、ときこうとしていました。

その時、姉がいきなりこちらを振り返ったかと思うと僕に強烈な平手打ちをかまし、僕の手から本を奪い取るとそれを思いっきり床に叩きつけました。
僕が借りていたのはかなり分厚いハードカバーで、かなりの音が響きます。直後、


「やらん!!!お前にやるものなんかない!!!!!消えろ!!!!!」


という姉の怒鳴り声が炸裂しました。
普段から声の大きい姉の本気の怒鳴りに、僕はとうとう腰を抜かしてへたりこんでしまいました。『くれ』という声はいつの間にか消えていて、廊下も薄暗いもののいつも通り。僕はもうわけがわからないやら怖いやらでぐちゃぐちゃで、あとのことはよく覚えていません。
気づけば僕は泣きじゃくりながら姉と手を繋ぎ、姉が駄菓子屋で買ってくれたらしき大好物のコインの形をしたチョコを食べながら帰路についていました。

それから僕は図書室に本を借りに行く事もなくなり、掃除や授業で特別教室を使うことがない限り北校舎に行くことはなくなりました。
あの後、姉にあれは何だったのかと聞いてみました。姉はこともなげに、

「あんなの気にしちゃダメ。怖がったり逃げようとしたら負けなの。お前なんか怖くないぞって態度してれば向こうが逃げてくから。」

と答えました。
そんな僕も今年で高校生になりました。
大学生の姉は相変わらず横暴だし人をよくからかうけど、僕は姉を尊敬しています。



投稿者:ユースケ